プラハの北へ社会見学=ドイツ・チェコビール紀行(その12)=

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プラハ連泊だが、この日は早朝プラハを出発して約半日間の社会見学を実施。
ユダヤ人の強制収容所はポーランドのアウシュビッツが有名だが、実は様々な規模の収容所があちこちにある。
プラハの北50kmほどのところにあるTerezín(テレジーン)という街にもそれがあると聞き、足を運んでみた。

ここは、かつての要塞をそのまま用いた収容所。
18世紀後半、オーストリアによって建設された要塞で、第一次世界大戦時は捕虜の収容所としても使われていたが、その後はナチス・ドイツにより強制収容所として利用される。
要塞は敵の侵入を防ぐため周りに堀を作り、監視塔を置くが、収容所の場合はその反対で、中からの脱走を防ぐためにそれらが機能していた。
写真下:ここにも「ARBEIT MACHT FREI(労働すれば自由になれる)」の文字

収容所の中は蚕棚のベットが並ぶ棟が続く。
その他にも娯楽施設や劇場も設けられているが、これらは赤十字の視察があった際に「文化的な生活が送れている収容施設」というアピールの為に作られたそうだ。

塀の下に続くトンネルを抜けた先には処刑場などもあったが、写真等はなし。
この収容所は主に強制労働の為の収容所で、その後アウシュビッツなどへ移送されたという。(こういう形態の収容所を「通過収容所」というらしい)
それでも総計14万人が収容され、3万5千人がここで命を落としたと言う。

テレジーンは収容所として使われた収容所のある「Kleine Festung(小要塞)」と、かつてのゲットー(ユダヤ人居住区)であった「Garnisonsstadt(大要塞)」に分かれている。
航空写真を見ると五稜郭の様な要塞二つが川を挟んで並んでいる。
大要塞の方は一見普通の街並みだが、その真ん中に「ゲットー博物館」「戦争博物館」がある。
Wikipedia参照ページ

写真下:左が大要塞、右に小要塞が見える。

次回へ続く>>

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2 Responses to プラハの北へ社会見学=ドイツ・チェコビール紀行(その12)=

  1. ピンバック: 豚の鼻のブルワリー=ドイツ・チェコビール紀行2019(その11)= | ビール文化研究所 / Das Bierkultur Institut

  2. ピンバック: プラハで街歩きとハシゴ酒=ドイツ・チェコビール紀行2019(その13)= | ビール文化研究所 / Das Bierkultur Institut

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