■EKUの街、Kulmbach(クルンバッハ)へ
<<前回の続き>
合流したRの車でクルンバッハ(Kulmbach)へ向かう。
日本にも輸入されているEKUは、この街のビールである。
醸造都市として有名で、市内には何軒もの醸造所があるかと思ったが、すでに醸造所の合併が繰り返され統合が進んでいた。
小さな街の小さな醸造所を巡る事を好む僕としてはちょっと残念。
Kulmbacher Brauereiの工場。
この醸造所のある通りの名前は、その名も「EKU Strasse(EKU通り)」。
醸造所の名前が通りの名前になっているほど、この街に根付いている存在であることは間違い無い。
玄関前には煮沸釜を再利用したオブジェが置かれており、その周りを醸造しているブランドロゴのフラッグが立ち並んでいる。
周りをフラフラしていたら、作業服を着た人が歩いていたので、一応声を掛ける。
残念ながら飲める場所はなかったが、ちょっとだけ中を見せてくれた。
■街外れの小さな醸造所〜KommunBrauhaus〜
駅周辺から旧市街にかけて、EKUの看板を掲げた居酒屋やレストランを何軒も見かけた。
街中に地元のビールが溢れるってことが、さすがビール王国ドイツを思わせる。
その醸造都市の片隅に、小さな醸造所があるので行ってみた。
ここは数年前まで蒸留酒を生産していたそうだが、設備を投資してビールの生産も始めた。
Kommun Brauereiという名は、どちらかというと地元の醸造連合と言った意味合いが強いが、ここはそのような形態ではない。
フランケン地方に中世から存在している小さな醸造所では、生産量が少ない為ビールは基本的に近所で消費されている。
この醸造所もその形態に近く、周辺での消費が多いようだ。
ちょうど友人の結婚式に行くのだ、という青年がビールを買いに来た。
開閉式の栓が付いた1L瓶が、木の箱に入っている。
もちろん、箱も瓶も簡単にリサイクルができる。
このビールを貰った友人は、このビールを飲み干した後、空瓶を持ってこの醸造所を訪れ、再び新しいビールに交換していくのだろう。
ビアガーデンには、昼間からビール漬けの近所のオジサン二人。
何も食べずひたすらビールを飲み続ける。
この日は暑くビールはグビグビと進む。
■街道外れの小集落Trebgast
Kulmbachからバンベルクへ向かう幹線道路を外れ、Trebgastへ向かう。
なだらかな丘陵地に、古くて小さな教会を中心に拡がる集落の人口は約1700人。ほとんどが農家らしく、大きな納屋を持つ家が並んでいる。
村の目抜き通り(?)とも呼べるバス停前には、歴史がありそうな宿屋、パン屋など何軒かの商店が並んでいる。
丘の上に向かって伸びる道端に、醸造所への案内が出ているので、それに沿って細い道を登っていくと行き違いの車と対面してしまう。それもパトカーだ。
運転しているRは窓を開け、
「醸造所へはこの道でいいんだな?」
と聞くと、
「ここはもう敷地内だ」
と返事が返ってくる。
丘の上に更に伸びている未舗装の先には醸造所らしき建物群が見えた。
醸造所の敷地内には、ドイツのビアガーデンでは超定番の緑脚テーブルが何個か置かれており、数人がビールを楽しんでいた。
僕等に気が付いたそのうちの一人が、
「ビールだね」
と良い醸造所の対面にある木造の小さな小屋へ入っていった。彼がここのオーナーらしい。
ビールは何があるのか、と聞いてみると
「今の時期はピルスとZwickelbier(ツヴィックルビア)だ」
との返事があった。
Zwickelbierはこのエリアではたまに見かけるビールで、難しい名前が付いてはいるが、その実態は酵母の残った下面発酵ビール。フレッシュな状態で楽しむビールのため、一般的には瓶詰めされることもなく、地元の人々で密かに楽しまれている事が多い。
・・・実は、こういうビールを飲みたいが為にビール紀行をしていると言っても過言ではない・・・
僕はもちろんZwickelbierを注文。
木造の建物は小さな食堂の様な雰囲気で、テーブルが何席かあるものの、天気の良い日は100%の客が外でビールを飲むのでガランとしている。
これから夏が来ると、さらに階段を上がった所にあるビアガーデンをオープンするのだ、とオーナー氏は胸を張った。
ビールを飲み終わったらちょっと行こうか、と嬉しいお誘いも。
こんもりとした泡が載ったビールが運ばれてきた。
凄い、凄い泡である。やりはしなかったが、一円玉は間違いなく乗るだろう。
樽出しのみのビールだからちょっと感動しながら飲んでいると、地元のオジサンの一人は何と瓶ビールを飲んでいるではないか。(!)
「あれ?そのビール何??」
と聞くと
「オレはいつもラーガービアだ!おい、お代わり!!」
と言い4本目のビールが運ばれてきた。
樽からしか飲めないビールではなく、瓶詰めしてちょっと熟成させたビールを好む人もいるのだ。さすが、ビール王国ドイツ。
ビールの飲み方にも十人十色の好みがあり、それに応える環境がある。
「家で飲んでも同じ味だろ?」
というと
「ここでみんなと飲むのがいいんだ!」
と非常に説得力のある返事が返ってきた。なるほど。
■食べ物を持ち込み、ワイワイ飲む
集落の人が一人、また一人と集まってきた。
立派なヒゲを蓄えたオジサンは大きなパンの包みを持って現れた。
集落の真ん中にあるパン屋での買い物を奥さんに命ぜられ、そのまま醸造所まで来てしまったらしい。
先客の話を中断させないよう、話挨拶代わりにテーブルをコンコンと叩き腰を下ろした。
常連客らしく、何も注文しなくてもビールがドンとテーブルに置かれた。
グビリとビールを一口飲み、口髭に泡が付いたまま僕に話しかけてきた。その顔は見慣れない客への好奇心が読みとれる。
「この街のビールも美味いけど、パンも美味いんだ。ちょっと食べるかい?」
と、奥さんに言われて買ってきたばかりのパンをナイフで削りだした。
このパンは直径30cmほどの大きさで、それほど酸味が無く、外はカリッと中はしっとりの典型的なドイツパンだ。
何も付けなくてもほんのりとした塩味がして美味かった。
チェックのシャツを着たオジサンは、自宅から持ってきたレバーパテを切り始めた。
パンやハムを持って出かけるとき、ナイフやパン用の小さなまな板を持って歩くのは結構普通に行われていることで、彼も小さなバックに青い蓋の付いたタッパーに、数切れのパンと食べかけのパテを入れてきた。
大きな手で小さなナイフを持ち、食べやすい大きさに切ったパンにパテを塗ってくれた。
「このパンはアイツが買ってきたのと同じ店だ」
客は全員誇らしげな顔をして僕が食べている姿を見届けている。
「しかし、この街の誇る物はやはりここのビールだよ。こいつとは子供の頃からの付き合いだ。な!乾杯!!」
照れ笑いしながら、オーナー氏も自ら造ったビールをグビリと飲み干す。
■醸造所の内部を見学
オーナー氏が醸造所を見ないか、と声を掛けてくれた。
先ほどの小屋とは反対方面にある建物が醸造所だ。
一段高い丘の上にあり、階段を登りドアを開けると古めかしい計器類が銅製パネルの面にズラリと並んでいる。牧歌的なフランケンの風景を眺めるガラス張りの部屋には、小さな銅製の煮沸釜が置かれている。
そこから階段を降りていくと、一転ヒンヤリとしたエリアになり、ステンレス製のタンクが並んでいる。
どの醸造所でも、「熱」の行程では比較的古い機械が未だ現役で使われている。しかし「冷」の行程では近代的な設備が度王入されている。
ビールの醸造というのはある一定の温度以下では雑菌との闘いになる。近代ビールの品質が飛躍的に向上したのは、これらステンレス製のタンク等の普及によるものであることは間違いない。これらの設備がドイツ人により清潔に保たれ続けることにより、美味しいビールが造られ続けているのである。
■中世のケラー(貯蔵庫)
「君にとって一番面白いのは貯蔵庫(ケラー/Keller)だろう」
オーナー氏は、醸造所の真ん中を貫く私道の反対側にあるドアの鍵をポケットから出しながら言った。
この道路は切り通しになっている。ドアはその剥き出しになった山肌に備え付けられた物だ。冷蔵庫のような扉を開けると、薄暗いトンネルが現れた。
これこそが今回の旅の一番の目的である「本物のケラー」である。
このケラーが掘られたのは1747年。何と260年も前の話である。
この間、奥へ奥へと拡張されていったケラーは長い。途中で何本かに枝分かれし、10畳ほどの大きさの部屋に区分されて奥までずっと続いている。
彼の話では、冷蔵庫を導入するまでは、この部屋に仕込んだビールを入れて貯蔵していたという。
冬には山の上の川が氷るので、その氷を切り出してケラーに詰め込めば一年中氷点下をキープすることも可能だという。
もちろん現在でも樽に詰められたビールが出荷されるのを待っており、現役の倉庫として利用されている。
席に戻った時、彼は一冊のアルバムを持ってきた。
整理された写真は世界各地で撮影された物で、よくみるとビール瓶が写っている。
砂漠の真ん中で、ラクダの背中にビールが乗っている。
ベネチアのゴンドラのオジサンがビールを持っている。
この白い海はイスラエルの塩湖かな。
「あちこちに旅している人や、来た人にオレの瓶ビールを渡し、世界各地で写真を撮っては送ってもらっているんだ」
「もしよかったら、日本の風景の中で撮った写真を送ってくれないか?再来週の週末に、この集落の祭りがあるので、そこで展示したいのだ」
「もちろん、喜んで送ろう」
そう言って握手をし別れた。Rudiの運転する車はバンベルク方面に戻った。
後日、知人の神式結婚式があったので、新郎新婦にビール瓶を持ってもらい撮影。メールに添付して彼に送付した。
<次回へ続く>>