薄暗い部屋の片隅で
さて二軒目に移ろう。移るといってもそこは2兼隣にある醸造所なので、1分とかからない。Brauerei Greifの前には、やはり椅子が数個ながらも一応テラス席が設けられており、そしてやはりちょっと強面のオジサン達が飲んでいる。
この街では目立つ東洋人の僕が隣の店から出てきて、そのままの足でこの醸造所に入って行こうとしているのを見て
「真っ昼間からハシゴかい?」
と声をかけてきた。
真っ昼間から飲んだくれているオジサン達には言われたくはないが、その通りであり異論はない。
「そういうあなた達こそ、1時間前からそこに居ますね。今何杯目?」
とこちらから逆に質問してみる。
「いや、まだ3杯だ」
と大きく笑いながら返事が来た。
ドアを開けると、やはりここにも廊下のような空間がある。
ひんやりとしたその空間には、畳一畳ほどの大きさのサッカーゲームやピンボールが置かれ、オジサンが一人熱中して玉を弾いていた。
ビール販売用の窓から店内を覗いてみた。
窓の向こうにはしっかりとしたレストランスペースがあるのだが、昼食時間が過ぎているため誰も居ない。ビールの樽に口は付いているものの、それを注いでくれる人が見あたらない。
ホテルのレセプションにあるようなベルが置いてあるので大きく鳴らすと、
「すまん、すまん」
といった感じで主人が出てきた。
「樽から飲めるビールはなんですか?」
といつもの質問をすると
「今日はヘレスとヴァイスビアだよ」
と嬉しい答えだ。何を隠そう僕は樽出しのヴァイスビアに目がない。
もちろんヴァイスビアを注文し、そのままお金を払って椅子に座る。
先ほどの店と同様、立飲み客用に背の高いテーブルがビール窓の前に置かれているが、ゲームに熱狂しているオジサンしか客がいないのでテーブル席に座った。飾り気の全くないテーブルだ。
道端でビールを貰う?
さて、もう一軒この通りの店へ行こう。
店を出ると強面酔っぱらい達が、
「もう行くのか!」
と言うので
「Brauerei Nederへ行かなきゃならないのです」
と答えて通りを歩く。
この醸造所が16番地、先ほどのHebendanzが14番地、そして今から行こうとしているBrauerei Nederは10番地だから30mほど歩くことになる。
14番地前のテラス席には、まだ先ほどのオジサン達が飲んでおり、
「Greifでは何を飲んだんだ?」
と聞いてきた。
まだいるのかと驚いたが、こちらがGreifに入ってから出てくるのに有した時間が15分ほどなのがちょっと早すぎるのだ。
先ほどちょっと話をした若旦那も店の前に立っており
「次はNederかい?あの角を曲がった所にはBrauerei Einchhornもあるよ。」
とニコニコと笑いながら話すと
「ちょっと待って・・・」
と店の奥からビールを2本持ってきた
「これはお土産だ。さっきはヘレスしか飲んでいないから、他の種類も是非飲んでみてくれ」
おお、ありがとう。密かにビール瓶が2本も入るバックなどを今持っていないが、ジャケットの大型ポケットになんとか押し込んだ。
「次はビアフェスタの時期に来てくれ」
と再会を約束して分かれた。隣の家に入るだけだが。
ここでも強面に囲まれて飲むギロリ
Brauerei Nederのドアを開けるとまた視線が刺さった。それも前の二軒とは違いちょっと混み合っている。
L字型の店内で入口すぐの所に「ちょい飲み用」のテーブルが、そしてその奥に常連席「Stammtisch」、そしてL字の長辺にレストランスペースが配置されている。
カウンターには樽が一個置かれており、オバサンが一人忙しそうに働いている。小さな窓が付いており、他の店と同様に通路の立ち飲みスペースで飲む人はここにセルフで買いに来る。
席がない。
手前の席は何かの集まりなのだろうか。みんな向き合って何やらと話をしている。いや、そんなはずはない。どれもヒマそうなオジサンばかりだ。そしてなぜか強面ばかりが揃っている。
仕方がないので外の通路にある席に座り、この窓からビールを買おうとドアに手を掛けると
「おい、ここに座れよ」
とシュタムティッシュのオジサンが声を掛けてくれた。これはありがたい。
常連席は基本的に「一見さんお断り」だが、そこに座っている人が「座れ」と言った場合はもちろん文句は言われない。
「ははは、さっきは隣の店にいただろ?オレがこの店に入るとき、おまえさんは写真を撮っていたぞ」
何と、僕の行動は見られていた。
そんな話から始まり、僕は今までの旅の事や、今回のビアライゼの事を彼等に話した。
こうして常連さん達と少しでも話をすると、ビール紀行は一気に面白くなる。
ドイツ人全体がどうなのかは不明だが、酒場で見かけるような人はシャイの人が多い。しかし、ちゃっかりと会話は盗み聞きしている事が多く、何かのきっかけで話が始まると、先ほどまでの閉じた口はどこに消えたのか、次々と会話に割り込んできては話を始める。
ちょい飲み席のオジサン達も、自分たちの会話をしながら僕の話にも耳を傾けていたようで、ある集落の名前を言った時に
「おぉ、オレはその集落から来た」
と口を挟んできた。
すると連鎖的に話が始まり
「オレはその隣の集落XXからだが、近所にはXXという醸造所があるぞ。何?行ったことがある!?」
などと話が繋がる。
最後の悪あがきでもう一軒
オジサン達と飲んでいるうちに、列車の時間が近づいてきた。
ここから駅までは徒歩で15分くらいなので、そろそろ行かねばならないが、もう一軒「Brauerei Eichhorn」に行ってない。
諦めてそのまま駅に向かえばいいものの、なぜか反対方向に走り始めた。
角を曲がり橋を渡ればそこはBamberger str。幸いなことに目指す醸造所は通りの入口付近にあるではないか。
店内に客はおらず、オーナーらしきオジサンがテレビを観ながら店番をしていた。
「すみません、列車の時間があるからシュニット(半分の量)で・・」と注文。
「おいおい、随分急いでいるねぇ」
と笑いながらビールをカウンターに置いてくれた。
それと引き替えにお金を払いビールの写真を撮ると、これをほぼ一気に飲み干した。(笑)
「ダンケ!」
オジサンにコースターだけもらい、店を出た。そして駅の方面へ走る。
相変わらず町中はイベントの最中でお祭り状態のため人が多くてなかなか前へ進めない。それでも通りの端を走りながら何とか旧市街を抜けた。
駅に着くと今度はロッカーに預けてあった荷物を取り出し、もらったビールなどを詰め直さなければならない。
しかし、ここで列車がやって来る。
階段を一気に登り降りし、車掌が腕時計を見ながらドアを閉めるタイミングを見計らっている頃に飛び乗った。
最後の最後に大事件発生!
ギリギリで間に合った列車でニュルンベルクまで行き、そこからフランクフルト行きのICEに乗り換える。
途中、先日立ち寄ったヴュルツブルグを通り過ぎるとフランクフルトは近く、フライトよりもかなり余裕を持って到着。
9日間の「ドイツビール紀行2006」もこれにて終了。
最後のビールを空港のカフェで・・・と思い、ヴァイツェンを一杯。
ふ〜。
フライトは行き同じく仁川経由の大韓航空。
毎度毎度の事だが、帰りは待ち時間が数時間あるので、メシを食べたり、デジカメのデータをiBookで整理したり・・・・。
中部国際空港「セントレア」からはクルマが置いてある友人宅まで電車で5分。そこから歩いて5分ほどの距離。
到着ロビーから名鉄駅までのアクセスも抜群に良いので、帰りもスムーズだ。
しかし、ここで10年近いビール紀行歴の中、最大の事件が起きた!
ちょうどホームには出発のベルが鳴り響いており、待ち時間も無く列車に乗ることができた。「りんくうタウン」を通過し、次の「常滑」に
・・・・・停まらない!!!
そして車内にアナウンスが流れる
「この列車は名古屋方面直通特急列車でございます。神宮前までノンストップです」
何と!この列車は常滑を過ぎて延々と30分近くノンストップで走り続けるではないか!
<ビール紀行2006春 終了>