多彩なドイツビール
概論
ドイツでは「ビールひとつ」と言っても何のビールか言わなければビールが出てこない、ということは嘘で、ビールは出てくる。僕はあえて種類を告げずに「ビー ルをひとつ」と注文をした時期があった。こうするとその店で一番飲まれている定番ビールが出てくるのだが、これが街によって違うからとても面白い試みで あった。
赤いビール、黒いビール、茶褐色のビール、白く濁ったビール・・・「ビールひとつ」というだけでこれだけ多彩なビールが出てくるドイツは、やはり ビール王国だということを実感した。
世界には常温で発酵される「エール系ビール」と低温で発酵する「ラガー系」ビールに大別されるが、ドイツの場合は圧倒的に後者。そもそも、この「ラガー(lager/ラーガー)」という言葉自体がドイツ語の「lagern(貯蔵する)」という意味から来ている。
Von Fassと究極の地ビール
ビール文化研究所では、Von Fass(フォン ファス/ 樽から)にこだわっている。
瓶ビールと樽のビールは同じ物なのだが、どこでも運ばれていく瓶ビールと違い、樽はその地域を中心に出荷されることが多いために、地元でなければ飲めない事が多い。
田舎の醸造所だと、瓶ビールを一切売らず、樽ビールのみを販売している所も多い。中には、醸造所に併設された居酒屋でのみ販売している所もあるのだが、これを当研究所では「究極の地ビール」と呼んでいる。
まずはビールの大区分
ドイツでのビールの区分は以下の通り。
Einfachbier<Shankbier<Vollbier<Starkbier
右から左に「麦汁濃度(※)」が強くなる。麦汁濃度が高いとアルコール度数も高くなる。
あまり馴染みがないが、この麦汁濃度でビールへの課税が決まるドイツでは重要な名称であり、メニューや看板にも登場することもある。
Einfachbier、 Schankbierは、ほとんど見かけることは無いが、麦芽をちょっとだけ使ってビール風の味わいのあるものを指す。大戦後の麦芽が入手困難な時期など に、ビールの代用品として造られたのだと思うが、ビール純粋令により、大麦麦芽100%の物しかビールと名乗れないドイツにおいては、今日その存在自体が 忘れ去られようとしている。
(※)麦汁濃度とは?
麦芽を煮込んで作った麦汁の発酵前の糖濃度。
何%の糖分を含んでいるかで、アルコール生成量が変わる。
VollbierとStarkbier
Vollbier(フォルビア)とStarkbier(シュタルクビア)は、今日でも一般的に造られているビールである。これらのビールは、麦汁濃度で区分されており、11%以上15.9%未満をVollbier、16%以上のビールをStarkbierと呼んでいる。
Vollbierという響きが輝いた時は、戦後であった。
配 給制で麦芽が充分に供給されなかった時代、ビールは様々な副原料を用いてその生産量をカバーしたという。それがいわゆるEinfachbierや Shankbierであるが、そんな時代でも、純粋令に沿って麦芽100%のビールを作る。つまり「Vollbier」を売り文句にしたのだ。
(Vollbierと名乗るビールについては、別途記述します)
Starkbierは強いビール全体の総称であるが、具体的にはBockbier(ボックビア)またはさらに強いDoppel Bockbier(ドッペル ボックビア)の名で実際に多く販売されている。
基本的なドイツビール
Pilsner/Pils(ピルスナー/ピルス)
ドイツに限らず、世界で一番飲まれているビール。基本的に我々が日本に居て「ビール」と言えばピルスナーを指す。
このビールのオリジナルは、チェコの醸造都市Pilsen(ピルゼン)で、そこからPilsnerと言う名が来ている。なお、ドイツでは単に「ピルス」と略すことも多い。
小さな醸造都市にすぎなかったピルゼンに、ミュンヘンから醸造家が招聘され、この地で作ったビールが、当時としては珍しい黄金に輝くビール。
その誕生には諸説あるが、これが誕生しなかったら、今はどうなってしまったのか、と想像するだけでも面白い。
Helles(ヘレス)
元々低温で発酵させる「下面発酵ビール」を誕生させたのはミュンヘンなのだが、その技術をもってして生まれたピルスナーが、世界を圧巻。遅れてミュンヘンでも明るい黄金色をしたビールが誕生。「明るい」という意味の「Hell(ヘレ)」または「ヘレス」と呼ばれる。
現在、世界ではピルスナーが幅を効かせているが、バイエルン州を中心とする南ドイツでの主流はこの「ヘレス」。
ピルスナーほどのホップ感はないものの、麦芽の甘みを全面に押し出したビールは、飲み飽きすることない定番ビールとして根付いている。
Dunkel(ドゥンケル)
英語で言う「dark(ダーク=暗い)」を意味するデュンケルは、その名の通り褐色のビールで、古くからドイツ各地で飲まれていたビールである。
この色はローストした麦芽からの物。昔は実際には各醸造所によって、その色の濃さはだいぶ違う。
ま だ酵母の働きが完全に理解されていなかった頃からビールだが、そんな中ミュンヘンのSpaten醸造所がこれらを解明し、さらに冷蔵庫の発明により年間を 通じての醸造が可能になった。これにより、ミュンヘンの代表的なビールは、このデュンケルとなり、「ミュンヒナー」と呼ばれた。
チェコでのピルスナー誕生後は、ミュンヒナーも黄金に輝く「ヘレス」にその主役を奪われてしまったが、フランケン地方はじめ、未だ多くのエリアではこのビールが主流となっている。
Dortmunder(ドルトムンダー)
ルール工業地帯の中心都市のひとつであるドルトムントは、旧ハンザ都市であり中世より交易が盛んであった。よって、この荷役衆により濃いめのビールが好まれ、現在のドルトムンダーの基礎が出来たと推測される。産業革命以降は炭坑夫達がやはりこの濃いめのビールを好んだ。
ドルトムンダーとドルトムンダーエクスポートは兄弟ビールであるが、別のビールというのが私自身の見解。
ドルトムントの街で飲まれているビールは「ピルス」である。どの店でも「ピルス」と注文するとドルトムントで醸造された何種類ものピルスのうちの一つが出てくる。
しかし、「エクスポート」と注文すると、瓶ビールが出てくるのだ。
エクスポートとは、あくまで輸出用のビールであり、それは「Von Fass(フォン ファス=樽から)」出されるような物ではない、という認識
写真はRitter Export。かつてDAB(Dortmundrt Actien Brauerei)とDUB(Dortumunder Union Brauerei)の2大勢力だった頃に、DUBの方で生産されていたエクスポート。
Weissbier/Weizen(ヴァイスビア/ヴァイツェン)
小麦麦芽が入ったビール。その量によっては、日本国内で発泡酒扱いになり、ちょっと安く楽しめるメリットも。
現在でこそドイツ中で飲めるビールだが、その興りは南ドイツ、ミュンヘンにある。北部ではバイエルン地方で醸造された瓶ビールが広く普及しているが、本場バイエルン州では名の知れぬ小さな醸造所もそれを生産しており、樽から出されて飲むことも多い。
16世紀に公布されたバイエルン王国のビール純粋令では、ビールの原料を大麦麦芽としていた。そう、小麦ビールはある時代はビールとして扱われていなかったことになる。
しかし、それを例外的に醸造していたのが、何とバイエルン王家の醸造所。つまり、禁止元がヴァイスビアの醸造を行っており、市民はここからヴァイスビアを買うしかなかったのだ。
それはズルイぞ!と市民が決起したかどうかは不明だが、その後はオープンにされて今日に至っている。
ヴァイスビアの有名醸造所はRegensburg近郊のKehlheimにある「Schneider(シュナイダー)」。元々はミュンヘンのIsar Tor(イザール門)の前にあったヴァイスビア専門店で今日でも同じ場所に直営レストランを持っている。
(今日の「ビール純粋令」は、小麦麦芽使用の際には上面発酵酵母の使用を指示しているらしい)
Alt(アルト)
ドイツ西部の工業地域ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都であるデュッセルドルフで醸造されている上面発酵ビール。
ドイツ語でAltは「古い」という意味だが、この場合は古くから存在しているビール、という意味合いが強い。赤褐色のビールで、強いが心地よい苦みが特徴。
旧市街を中心に、古くからの醸造所とその併設パブが並んでいるので、ハシゴ酒をするのも楽。それぞれ微妙に味わいが違うため、自分好みの味を見つけると、より一層アルトビールが恋しくなる。
なお、同州北部のミュンスターでもアルトビールがある。
こちらがオリジナルだ、という説も。
Koelsch(ケルシュ)
「ケルンの」という形容詞的な意味を持つ「ケルシュ」。
その名の通り、ケルン周辺エリアで醸されるビールである。
一見すると黄金に輝くビールのため、世界で一番飲まれているピルスナーなんかと混同してしまうが、これはケルン周辺の醸造所のみがそれを名乗れる上面発酵ビールだ。
(ピルスナーは下面発酵)
シュタングと呼ばれる細長い0.2Lグラスに入ったビールで、飲み口が良いためクイクイとグラスを空けてしまう。そうすると、店員は待ちかまえた様にして、新しくビールが入ったグラスと交換していく。そんなやり取りが楽しい。
(このビールに関しては、ちょっと歴史的な流れが見えないので、現在調査中)
Märzen(メルツェン)
「März(3月)」を意味するビールだが、その名の通り3月に仕込まれていたビール。
かつて南ドイツのバイエルンでは雑菌の繁殖によりビールの腐造を防ぐため、夏期の醸造が禁止されていた。よって、おおよそ10月から3月までが醸造期間である。
この醸造期間の最後である3月に造られるビールは、禁止期間最後の9月までの長期に渡り貯蔵されるビールであるため、腐敗に強くなるよう麦汁濃度を高く、殺菌作用のあるホップを多く用いて醸造された。よって、このビールは他のビールに比べアルコール度数が高く、強いホップ感を味わえるビールとなった。
結果的に美味いビールである。
冷蔵装置の発明により夏期の醸造が解禁された後も、引き続き造られることになったのは当然の事。今日では、腐敗を防ぐ目的よりもじっくり熟成させた高濃度、高アルコールのビールとして、市民の楽しみの一つとなっている。
Starkbier(シュタルクビア)あれこれ
Bockbier(ボックビア)とDoppelbock(ドッペルボック)
麦汁濃度16%以上の総称をStarkbierと言うが、その代表的な物がこれ。
もともと、Nedersachsen(ニーダーザクセン)の醸造都市Einbeck(アインベック)で造られていたビールが、バイエルンに伝承し、「ベッ ク」が「ボック」に訛ったというのが、現在の有力な説。様々なビールの種類にも、濃度を上げて強めに造っている物に関しては「ボック」を名乗っている。
例)Weissen Bock(ヴァイスビアのボック)
さらに、ボックビアの中でも、特に麦汁濃度18%以上の物は、
「Doppelbock(ドッペルボック)」と呼ばれている。
「Doppel(ドッペル)」とは、英語でいう「Double(ダブル)」の意味だが、さすがにダブルにすると途方もない数字になってしまうので、「それよりも少し強め」と言った感じが正解。
いい加減なビールの名付け
ここまで、ビールの名称についてウンチクを並べて来た後に、こんな事を書くのは変だが、実はドイツの田舎へ行くほどビールのカテゴリーについては気にしていない。ハッキリ言ってメチャクチャである。
Vollbier(フォルビア)
大麦麦芽で作られたビールは、「完全なビール」という意味である Vollbierと呼ばれている。つまり、上で解説したようなビールの事。(厳密に言うと、ヴァイスビアは小麦も入っているのでVollbierとは言い切れないが)
田舎の醸造所でビールメニューを見ると、Vollbierとしか書かれていないことがある。
日本の居酒屋で「ビール」「日本酒」と書かれているのと同じ。
何のビールが出てくるか解らないのだが、まぁおおよそは「ピルス」「ヘレス」「デュンケル」のどれかが出てくる。
店によっては、「Vollbier」と並んでこれらのビールが書かれていることもあり、さらに混乱を招いている。
Vollbierという響きが輝いた時は、戦後であった。
配給制で麦芽が充分に供給されなかった時代、ビールは様々な副原料を用いてその生産量をカバーしたという。そんな時代でも、純粋令に沿って麦芽100%のビールを作る。
つまり「Vollbier」を売り文句にしたのだ。
Landbier(ランドビア)
直訳すれば「土地のビール」。つまり日本語で言う「地ビール」。
これも「どのビール」かという定義は一切なく、その土地でずっと昔から作られていたビール、その醸造所で作っているビールなど、かなり広義で捉えられている。
Kellerbier(ケラービア)
Keller(ケラー)とは地下室の事。醸造所内に地下室を作ったり、近くの丘に横穴を掘ったりと、ケラーには様々な形態があるが、共通していえるのは、年間を通じて一定温度に保たれているということ。
その昔、冷蔵庫が無かった時代、ここにビールを貯蔵した。
よって、「その当時と同じように作られたビール」=「昔ながらのビール」と言う売り方をしている醸造所が多く見られる。
もう一つ、別の意味。
ケラーにはビアガーデンを併設している事から、地下室を意味する「ケラー」が、そのまま「ビアガーデン」を意味するようになった。
よって、「ビアガーデンで飲むビール」をそのまま「ケラービア」と呼ぶ場合もある。
この場合、そのビールは何でもアリの事が多いが、中にはケラービア用として、メルツェンを用意してある醸造所もある。
(※メルツェンを参照)