Steigerwaldに点在する集落へ=ドイツビール紀行2007(その4)=

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ただの酔っぱらいにあらず!情報収集に成功

PriesendorfからTrossendorfへと続く。
このエリアは特にSteigerwaldと呼ばれているエリアで、またフランケン地方の中にありつつも独特なアイデンティティを持っている。

朝バンベルクを出発して、峠を一つ越え、Trabelsdorf、Priesendorfと醸造所を巡ってやって来た。
もちろん、ここにも醸造所がある。
Brauerei Roppeltは1701年創業の老舗で、ずっとこの田舎集落で営業している。
ちなみに、現在のRoppelt家は創業家というわけではなく、1889年から営業を引き継いでいる。
ドイツでは、結構醸造所そのものの売り買いがあり「創業年」の他に「一家による始業年」も示されているところをよく見かける。
さて、昼間からビールを飲んでいるのは僕だけではない。
オジサン達も昼から赤い顔をして飲んでいる。

この日はちょうど終戦の日であった。
彼等はこの事を知っていたらしく、盛んにその事について話してくる。
「日本とドイツは一緒に戦ったんだ!」
爺さんはなぜか拳を挙げて声を上げた。
戦争を肯定する気はさらさらないが、なぜかここで乾杯した。
このオジサン達は、こんな所で飲んでいるだけかと思ったら、あちこちのビールに詳しい。
この先、Zeil am Main方面への道沿いにある醸造所を訪れようと思っていたが、彼等が
「ああ、あそこは今旅行に行っているから休みだよ」
「うーん、確かあの店の主人は体調を崩しているので、閉店中だ」
と言う。
何ともまあ、よく知っていることだ!非常に有意義な情報を収集させてもらった。

ここのビールは「醸造所」と「直営ビアガーデン」のみの販売となっている。
ただし、瓶ビールを周辺の家庭に届けてくれることはあるらしい。
そういう意味では「準・究極の地ビール」と言える。

この日、この醸造所で醸すLager、Dunkelの2種類のうち、Lagerのみが樽に繋いであるということなので、それを飲む。
この醸造所で言うLager(ラーガー)とは、Helles(ヘレス)のことである。
フランケンを始め、バイエルンでは「ヘレス=ラーガー」という店が多い。
しかし、たまに「ヘレス=デュンケル」という店もあるからややこしいこと極まりない。

ビアガーデンでバイエルンの超定番を飲む!!

店内でオジサン達と話をしながらビールを飲んでいると、若旦那が
「4時からケラーが開くよ」
と言いながら、看板を店の前に出した。
チョークで書かれた太陽と、「Keller groeffnet(ケラー開いています)」の文字だが、「ab uhr(●時から)」の所が消えかかっている。
平日は4時頃から、そして週末は昼から開けるようだ。
「ケラーは良いぞ!是非行け!これでビールを飲め!!」
先ほどまで戦争の話をしていたオジイサンは、なぜか僕に10ユーロを渡した。
「良いんだ、良いんだ。これでビールを飲めよ!」
断ってもオジイサンは手を引っ込めないので、周りの人達も
「いいよ。もらっておけよ!」
と笑っている。

「ケラー」はこの「ビール文化研究所」に何度も登場している施設である。
山の斜面に横穴を掘り、貯蔵庫としていたが、そこに客を呼ぶようになって、「ビアガーデン」として営業をしている場所だ。
この醸造所のケラーは裏山にあり、入口までは店のドアから約100mの距離。
木立に囲まれた静かなビアガーデンである。

ビールは基本的にセルフサービスで、カウンターにはドカンと木樽が置かれている。
ひとつは「Lager」とは「明るい」という意味を持つ「Helles(ヘレス)」。
もうひとつは「Dunkel」。フランケン地方をはじめとしたバイエルン州ではお馴染みの褐色ビールである。
(再編集時注:ややこしさは上記を参照)

写真を撮っていると、後ろから声がした。
「おい!写真なんて撮ってないで、さっさとビールを飲め!」
はい、その通り。
Lagerを注文し、カウンター前にたむろしているオジサン達と乾杯した。
よく見ると、さっき店にいた人が何人もいるではないか!

この日はまだ開店したばかりなので、客はまばらであった。
オジサン達と少し話をした後、ちょっと敷地内を散策した。
丘の上には子供の遊び場もあり、家族総出で楽しめる場所になっているのがわかる。

丘を越え行こうよ~♪

ケラーで飲んでいるオジサン達が、
「この丘の向こうにある集落Weissbrunnには、小さな醸造所があるから行くといい、きっとお前さんは気に入るはずだ」
と強く勧めてきた。
僕が好きな醸造所とは、小さな家族経営の醸造所で、その土地でしか飲めないビールを造っているような所である。

ケラーの前の坂道をえっちらおっちら登って行き、丘を越えると見えてきたのがWeisbrunnの集落。
この集落のほぼ真ん中にあるのがBrauerei Brautigamという創業1901年の醸造所である。
樽出しのみの販売で、地元のオジサン達が独占して飲んでいる「究極の地ビール」。

道路に面した庭はビアガーデンになっている。
客のほとんどが顔見知りの中、突然現れた日本人の注目度は高く、あれこれと話しかけてくれた。
オジサン達はみな「マイ・ジョッキ」がキープされている。
フタ付きジョッキもあるが、ないジョッキには「ビア・ダッハ」と呼ばれるフタを被せている。
何のための物かというと、「ハエ・ハチの落下防止」である。

僕も何枚か持っているが、右のオジサンが古い取っ手付きの物をプレゼントしてくれた。
ビールはDunkel、Pilsnerの他に、この地方の名物でもある「Rauchbier(ラオホビール)」がある。
これらはこの醸造所でしか飲むことができないビールばかりで、しかも瓶売りさえもしていない。
ラオホビールはシュレンケルラのそれと比べるとかなり燻製香が弱いので、ちょっと物足りない気もするが、僕があちこちで飲んできた感想としては、これが普通のラオホビールかな、といった感じである。

この醸造所の珍しい所は、ピルスナーを造っていながらヘレスを造っていないことである。
どちらも似たような色合いのビールだが、ヘレスには「バイエルン生まれ!」というプライドが宿っている。
よって、ヘレスを造らずにピルスを造るというところはあまりない。
まあ、その辺の歴史の話は後ほどとなる。

バンベルクへの帰り道。ケラーが並ぶ

バンベルクへの帰り道、あえて自転車で点在する集落を走った。
運河沿いの真っ直ぐな道で、かつ緩やかな下り坂なので、ほとんどペダルを漕ぐことなく走ってくれるのは実にありがたい。
そんな道の途中に見つけたのは、写真のような地下壕、いわゆる「ケラー」である。
普通の家でも近くの丘にケラーを持っていることもあるが、やはり僕の興味の対象は醸造所の貯蔵庫としてのケラーである。
このケラーの近くにも醸造所があるのかな?と思ったら、やはりあった。
なんと通りの名前は「Brauerei Strasse(醸造所通り)」である。
実に分かりやすい名前だ。(笑)
ただし、現在では稼働していない醸造所で、僕の手元の資料にもその名前はない。
フランケン地方には数多くの醸造所があるが、毎年数軒ずつ営業を終えているのも残念ながら事実である。